病気の概要
「乳腺」とは、母乳を作るための組織で、胸からお腹にかけて左右一列に並んでいます。この乳腺の細胞が異常に増殖して「しこり」になったものが「乳腺腫瘍」です。


発生の主な原因は、性ホルモンの影響と考えられています。そのため、避妊手術を受けていない、あるいは高齢になってから避妊手術をした女の子での発生が多くなります。
犬と猫の乳腺腫瘍には、非常に重要な違いがあります。
- 犬の乳腺腫瘍: 良性と悪性(がん)の割合は、およそ50%ずつと言われています。「半分は良性なら安心」と思われるかもしれませんが、良性腫瘍でも徐々に大きくなり地面とこすれてしまったり、悪性腫瘍に変化したりすることもあります。
- 猫の乳腺腫瘍: 約80〜90%が悪性という、非常に悪性の割合が多い腫瘍です。転移するスピードも速く、発見された時点で既に肺などに転移しているケースも少なくありません。
経過および検査
乳腺腫瘍の最初のサインは、ご自宅で発見する「しこり」であることが多いです。体を撫でている時やお腹を触っている時に偶然気づくことがほとんどです。
- 胸からお腹、内股にかけて、米粒ほどの小さいものから、鶏の卵のように大きいものまで様々なしこりができます。
- しこりは一つだけでなく、複数個できることもあります。
- 悪性の場合は、急速に大きくなったり、皮膚とくっついてゴツゴツした感触になったり、表面が崩れて出血したりすることがあります。
しこりが見つかった場合、動物病院では腫瘍の状態を評価し、他の場所への広がり(転移)がないかを確認するために、以下のような検査を行います。
- 触診: しこりの大きさ、数、硬さ、周囲の組織との癒着の有無などを確認します。
- 細胞診: しこりに細い針を刺して細胞を採取し、顕微鏡で観察する検査です。これにより、炎症なのか腫瘍なのか、ある程度区別することができます。ただし、この検査だけで良性・悪性を完全に確定することは難しい場合も多いです。
- レントゲン検査: 主に、悪性腫瘍が転移しやすい肺に異常な影がないかを確認するために行います。リンパ節への転移も評価します。
- 超音波(エコー)検査: 腹部のリンパ節や、肝臓、脾臓などの内臓への転移がないかを確認します。
- 血液検査: 全身状態の評価や、手術を行う上での麻酔リスクを評価するために行います。
治療
乳腺腫瘍の治療の第一選択は、外科手術による腫瘍の切除です。
手術の方法は、しこりの大きさ、数、場所、そして犬か猫かによって異なります。
- 腫瘍局所切除: しこりが小さい場合に、その部分だけを切除する方法。
- 乳腺部分切除: 腫瘍とその周囲の乳腺を切除する方法。
- 片側乳腺全切除: 腫瘍が複数ある場合や、猫の場合に推奨される方法で、片側の乳腺を全て切除します。
- 両側乳腺全切除: 両側の乳腺に腫瘍が多発している場合に行いますが、一度に行うと皮膚への負担が大きい方法になります。
手術で切除した腫瘍は、病理組織検査に提出し、良性か悪性か、悪性であればどのくらい悪性度が高いか、血管やリンパ管に浸潤していないかなどを詳細に調べます。この結果が、今後の治療方針や予後を判断する上で非常に重要になります。
悪性度が高い場合や、転移が認められる場合には、手術後に抗がん剤治療(化学療法)を追加することもあります。
獣医師からのコメント
乳腺腫瘍の予防において、効果的なのは「早期の避妊手術」です。ある研究データによると、最初の発情が来る前に避妊手術を行うと、乳腺腫瘍の発生率を99%以上も抑えることができるといわれています。 発生率は、初回発情後で約92%、2回目の発情後でも約74%抑制できるとされており、避妊手術のタイミングも重要とされています。
もし、しこりを見つけてしまった場合でも、治療での改善が十分見込めることがあります。特に犬の場合は、良性の可能性も十分にあります。そして、たとえ悪性であったとしても、腫瘍が小さく、転移がないうちに手術で取り除くことができれば、完治を目指すことが可能です。
猫の場合は悪性の可能性が非常に高いため、様子を見ている時間はあまりありません。「こんなに小さいから大丈夫だろう」と思わず、しこりを見つけたら、すぐに動物病院を受診してください。
ご自宅でのスキンシップは、わんちゃん・ねこちゃんとの絆を深めるだけでなく、このような病気の早期発見に繋がる大切な時間です。日頃から体をよく触ってあげて、小さな変化に気づいてあげられるように心がけましょう。
